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東京高等裁判所 昭和40年(ネ)2592号 判決 1966年10月07日

控訴人 堀弘

被控訴人 明城与作

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は、控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は、「原判決を取り消す。被控訴人の申立を棄却する。訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴代理人は、控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の事実上、法律上の主張、証拠関係は、控訴代理人においてあらたに次のとおり述べ、(証拠省略)………と述べたほかは、原判決事実摘示と同じであるから、これを引用する。

控訴代理人の主張。

一  原判決は、債権者・控訴人、債務者・被控訴人及び申立外株式会社十千万商会間の東京地方裁判所昭和三八年(ヨ)第六三七号仮処分決定(占有移転禁止)に対する事情変更による取消申請(同庁昭和四〇年(モ)第一四九二五号事件)と、債権者・控訴人、債務者・被控訴人間の同庁昭和三八年(ヨ)第六三六号仮処分決定(処分禁止)に対する事情変更による取消申請(昭和四〇年(モ)第一四九〇〇号事件)とが併合されて一箇の裁判がなされたものであるが、これには次のような個別的な違法事由がある。

(一)  (昭和四〇年(モ)第一四九二五号事件について。)前記十千万商会は、右仮処分決定に対してなんらの不服がなく、同仮処分の本案訴訟である控訴人の同会社に対する別紙目録<省略>記載の建物(以下、本件建物という)退去、同土地(以下、本件土地という。)明渡請求事件(東京地方裁判所昭和三八年(ワ)第二二八一号において昭和三九年八月二八日控訴人勝訴の判決が言渡され、そのころこれが確定し、従つて同会社は控訴人と並んで右仮処分決定の取消申請をしていない。しかるに、原判決は、これを無視して右仮処分決定を十千万商会に対する部分をも含めてすべて取り消したのであり、明らかに違法である。

(二)  (昭和四〇年(モ)第一四九〇〇号事件について。)本件取消判決には、職権で仮執行の宣言が附されているけれども、いわゆる処分禁止の仮処分は債務者に対し登記申請に代るべき意思表示を求めるものであるから民事訴訟法第七三六条の準用により判決が確定して始めて右意思の陳述をなしたものとみなされるのであつて、判決の確定前に給付の実現を招来すべき仮執行の宣言には親しまない。しかも、原審は、本件控訴の提起後の昭和四一年四月五日に至り右仮執行の宣言に基き本件処分禁止の仮処分決定の抹消登記の嘱託をしている。従つて、右仮執行の宣言は違法であり、これに基く抹消登記の嘱託は取り消されなければならない。

二  控訴人は、本件仮処分の本案訴訟として被控訴人に対し本件建物の収去、本件土地の明渡を求めるため訴を提起し(東京地方裁判所昭和三八年(ワ)第二二八一号)、その請求の原因は、被控訴人の賃料不払により本件土地の賃貸借契約は解除されたというにあつたが、右本案訴訟の第一審において控訴人主張の地代算定方式、地代増額の請求が認められず控訴人が敗訴したため、同判決に対する控訴の結果右訴訟は東京高等裁判所に係属した。(同庁昭和三九年(ネ)第二一二六号事件)そうして、同裁判所において和解の勧告があつた結果昭和四〇年六月二四日裁判上の和解が成立したことは、被控訴人主張のとおりであるけれども、控訴人が右和解に応じたのは、控訴人において別個に本件土地の賃貸借契約の期間満了を理由として本件建物の収去、土地明渡の請求訴訟を提起すべきことを予定していたからにほかならない。すなわち、被控訴人との間の本件土地の賃貸借契約は、昭和四一年四月二五日に賃貸期限が到来するから右裁判上の和解成立前である昭和四〇年四月二二日控訴人はあらかじめ被控訴人に対し更新拒絶の意思表示をしたのであり、ただこれを訴訟上主張するとすれば右訴訟の控訴審係属後にかかり時期に遅れた攻撃防禦の方法として却下される危険があるためこれを避けて別訴として提起することとしたに過ぎず、同訴は、昭和四〇年一二月三日被控訴人及び明星ノート株式会社、高橋靖男の三名を被告として東京地方裁判所に訴を提起、係属中である。(同庁昭和四〇年(ワ)第一〇六七一号)

かようなわけであるから、後訴の主張である賃貸借契約の期間満了に基く本件建物収去、土地明渡請求権は、右裁判上の和解成立当時すでに存在していたのであり、かつ前訴も後訴も本件建物収去、土地明渡を求める点においては同じであるから、いわゆる被保全権利は同一であるというべく、被控訴人が本件取消判決を得るや直ちに右仮執行として本件仮処分の執行を取り消し、昭和四一年一一月末日本件建物を前記明星ノート株式会社、高橋靖男らに賃貸して本件建物収去土地明渡の請求を妨害しようとしたのであり、本件仮処分を維持して右請求権の保全をはかる必要があることはいうまでもない。

以上のしだいで、前記裁判上の和解成立の一事により事情の変更があるものとして本件仮処分を取り消した原判決は、不当である。

理由

一  東京地方裁判所が債権者・控訴人、債務者・被控訴人間の同庁昭和三八年(ヨ)第六三六号不動産仮処分申請事件につき同年二月一八日本件建物についていわゆる処分禁止の仮処分決定を、債権者・控訴人、債務者・被控訴人(及び申立外十千万商会。この点は後記認定のとおり)間の同庁昭和三八年(ヨ)第六三七号不動産仮処分申請事件につき同年二月一五日本件建物についていわゆる占有移転禁止の仮処分決定をそれぞれしたことは、当事者間に争いがなく、控訴人が右各仮処分の本案訴訟として被控訴人を被告とし本件建物収去、本件土地明渡請求の訴を同裁判所に堤起し、同庁昭和三八年(ワ)第二二八一号事件として係属、審理の結果昭和三九年八月二八日控訴人(原告)敗訴の判決(たゞし全部敗訴かどうかは除く。)が言渡され、これに対して控訴の結果東京高等裁判所に同庁昭和三九年(ネ)第二一二六号事件として係属中昭和四〇年六月二四日裁判上の和解が成立し、控訴の取下がなされたことは、控訴人の明らかに争わないところであるからこれを自白したものとみなされる。

控訴人は、右裁判上の和解成立後、昭和四一年四月二五日賃貸期限の到来すべき本件土地の賃貸借契約の期間満了を事由として被控訴人に対し本件建物収去、本件土地明渡請求の訴を提起し、これが本件各仮処分の本案訴訟となりうるものであつて、未だ事情の変更があるものとはなしえないと主張するから、この点について判断するに、成立に争いのない疎甲第一、第二号証、成立に争いのない疎乙第一号証の一、二に弁論の全趣旨を総合すれば、控訴人が前記本案訴訟(昭和三八年(ワ)第二二八一号)において請求の原因とした主張は、本件土地は控訴人の所有に属し、控訴人がこれを被控訴人に期限昭和四一年四月二五日、賃料一カ月金一、〇五〇円毎月末日払の定めで賃貸したが、被控訴人は控訴人の適正な賃料増額請求にかかわらずその賃料の支払を延滞したから控訴人の契約解除の意思表示により昭和三八年一月末日限り解除されたというにあり、右請求原因として本件土地所有権に基く明渡請求権と右賃貸借契約の解除に基く原状回復請求としての土地明渡請求権とが選択的若しくは予備的に併合、主張され、本件各仮処分の申請の理由たる請求(被保全権利)として右本案訴訟のそれに対応して右各原因に基く本件土地明渡請求権が併合、主張されたこと、そうして右第一審判決において賃貸契約解除の効果が認容されず、右土地明渡請求権のいずれもが否定されたのであるが、その控訴による移審後前記裁判上の和解成立前控訴人が被控訴人に対しあらかじめ右賃貸借契約の更新拒絶の意思表示をし、ついで右控訴の取下後賃貸借契約の期間満了を予定してこれに基く将来の本件土地明渡請求の訴を提起し、同訴訟は東京地方裁判所昭和四〇年(ワ)第一〇六七一号事件として現に係属、審理中であることが認定でき、右認定を妨げる証拠はない。

右認定事実に基けば、本件各仮処分の被保全権利とされた各請求権の存在は、右控訴の取下による第一審判決の確定によりこれを終局的に否定されたことが明らかである。

ところで、保全処分は、被保全権利の存否の確定を後日提起されるべき本案訴訟に譲り、一応の認定により発令されるのであるから、保全処分の被保全権利と本案訴訟の訴訟物とは一致するのが当然であるが、保全処分申請に際する債権者の便宜と民事訴訟法第二三二条による訴の変更の趣旨が類推適用されるとの見地から、保全処分の申立における請求と本案の訴における請求とはまつたく同一たることを要せず、その請求の基礎が同一性を失わない限りその請求の原因を異にするとしても差し支えがないと説かれ、実務の取扱いも多くこれに従つている。しかし、かような見解は、被保全権利について後日の審査の機会を奪い、保全訴訟手続においてなんらの認定を経ていない請求のために保全処分命令を流用することを認めるに帰する点において、理論上疑いがあるところであるが、右見解に従い別個の請求原因に基く請求のため既に発した仮処分の維持を認めるとしても、本案訴訟における訴の変更の許される範囲内でのみ妥当するのであつて、既に本案判決がなされこれが確定した以上保全処分の申立における請求と本案の訴における請求との相互の関係はここに特定し、たとえ請求の基礎が同一であるとしても別個の請求原因に基く請求のために前の仮処分を維持、流用することは許されないと解すべきである。本件についてこれをみれば、別訴(昭和四〇年(ワ)第一〇六七一号事件)の請求原因たる期間満了による本件土地の明渡請求と前訴(昭和三八年(ワ)第二二八一号事件)の請求原因たる本件土地所有権に基く明渡請求または賃貸借契約解除による明渡請求とは、いずれも本件土地の明渡を求める点においてその請求の基礎は同一であるが、右前訴は既に本案判決を経て確定した以上別訴の請求のため本件各仮処分を維持することは許されず、前訴において控訴人主張の各請求権の不存在が確定されたから、ここに本件各仮処分の理由は消滅したものといわなければならない。従つて、控訴人のこの点に関する主張は、理由がないから採用できない。

(イ)  弁論の全趣旨によれば、本件仮処分決定のうち昭和三八年(ヨ)第六三七号占有移転禁止の仮処分決定は、控訴人がその主張のように被控訴人及び申立外十千万商会の両名を相手方として併合、申請し、申請許容の仮処分決定がなされたものであることが認められ、十千万商会は右処分決定に対して本件取消の申立をしていないことが本件記録に徴して明らかであるが、原判決は、被控訴人の申立による右仮処分決定の取消の申立(昭和四〇年(モ)第一四九二五号事件)と、同じく被控訴人の申立による昭和三八年(ヨ)第六三六号処分禁止の仮処分決定に対する取消の申立(昭和四〇年(モ)第一四九〇〇号事件)とを併合審理して一箇の判決をしたものであり、当事者の表示として被控訴人を申立人、控訴人を相手方と明記し、その理由中の判断においても前記十千万商会に対する仮処分を取り消す旨はなんら表示していないのである。従つて、原判決は、その主文において一見無限定に本件各仮処分の取消をしたかのごとくであるけれども、右占有移転禁止の仮処分の部分についても被控訴人に対する部分のみを取り消したものと解すべきであり、控訴人主張のように十千万商会に対する部分をも含めて取消をしたわけではない。そうして、若し右取消判決の執行として十千万商会に対する部分についても右仮処分の解放がなされたとすれば、控訴人は、民事訴訟法第五四四条による異議の申立によつてこれを是正すべきであり、この点につき原判決自体には控訴人主張のような違法がない。

(ロ)  控訴人は、本件仮処分の取消判決のうち処分禁止の仮処分を取り消した部分に仮執行の宣言が附されたのを違法であるというが、本件仮処分決定は財産権上の請求に関するものであることが明らかであり、従つてその取消判決もまた財産権上の請求に関するものであり、民事訴訟法第一九六条第一項により職権でこれに仮執行の宣言を附することができる。控訴人は、処分禁止の仮処分は、債務者に対して登記申請に代るべき意思表示を命ずるものであるとの誤まれる見解に立脚するのであるが、処分禁止の仮処分は、債務者に対して法律上の処分を禁ずることを内容とする不作為を命じたものにほかならず、その執行として民事訴訟法第七五八条第三項により不動産登記の嘱託がなされるのであつて、同法第七三六条の適用の有無とはなんらのかゝわりもない。また控訴人は、控訴人の本件控訴の堤起後原判決の仮執行宣言に基き本件建物についての仮処分登記の抹消登記の嘱託がなされたことを違法であるというが、右嘱託は、右仮執行宣言の効力に基きその執行をしたまでのことであつて、当然の措置である。従つて、控訴人の上記主張も採用の限りでない。

三  以上説示のとおり、本件各仮処分は、民事訴訟法第七五六条、第七四七条に従いいずれも取り消されるべきであり、これと同趣旨の原判決は相当であつて、本件控訴は理由がない。よつて、本件控訴を棄却することゝし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九五条、第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 浅沼武 間中彦次 柏原允)

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